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今回のバルセロナ旅で、私が何よりも、心から楽しみにしていた場所。
それが、天才建築家アントニ・ガウディの最高傑作「サグラダ・ファミリア(Sagrada Família)」です。
実は、私がこの未完の聖堂を訪れるのは、今回で「3度目」になります。
1度目: 学生時代の1985年
2度目: カナダ在住(2年)からヨーロッパ一周を経て、帰国途中に立ち寄った1990年
3度目(今回): ガウディ没後100年の節目である2026年
初めて足を踏み入れてから、実に41年。
あの頃、ただの「壮大な工事現場」だったサグラダ・ファミリアが、ついに大屋根を戴き、空へと最も高い塔を伸ばしたと聞き、今からワクワクが止まりません。
今回は、アルバムに残っていた当時の貴重な写真とともに、私とサグラダ・ファミリアの歩みを振り返りながら、3度目の再会への想いを綴ります。
【1985年】初めての出会い。屋根はなく、塔だけが数本立っていた学生時代
私が初めてバルセロナの地に立ったのは、1985年の学生時代のことです。
当時のサグラダ・ファミリアは、今のように観光客が押し寄せる洗練された遺産というよりは、文字通りの「むき出しの巨大な建設現場」でした。

見上げてみると、大屋根どころか室内を覆う天井すらなく、青空を背景に「生誕のファサード」の塔が数本、ぽつんと天に向かって立っているだけ。
周囲にまだ木々や素朴な街並みが広がっている中、その巨大な影は異彩を放っていました。

何より強烈に記憶に残っているのは、その「登り方」です。
現在のように安全なエレベーターが整備されているわけでもなく、私たちは工事用の簡易リフトに乗って塔の上へ。
リフトを降りた先には、頼りない手すりと細い足場が。風が吹き抜ける中、むき出しの足場を恐る恐る歩いたスリルと、そこから見下ろしたバルセロナの街並みの心細いほどの美しさは、今でもありありと脳裏に蘇ります。
【1990年】2度目の訪問。少し進んだ工事と、建築資材が中心に置かれた空間
2回目の訪問は、1990年。
カナダでの2年間の生活を終え、ヨーロッパを1周して日本へ帰国する途中にバルセロナへ立ち寄りました。
「あれから5年、どれくらい進んだだろう?」と期待して訪れたものの、サグラダ・ファミリアはまだ「途上の途上」でした。

少しだけ新しい部分が組み上がってはいたものの、相変わらず大屋根(天井)は完成しておらず、聖堂の中央にはクレーンや足場、そして大量の建築資材が乱雑に置かれていた状態。
それでも、5年前よりも確実に「人の手によって、ガウディの夢が少しずつ、執念のように形づくられている」という、熱量だけはビシバシと伝わってきました。
この頃は、「生きている間に完成形を見ることはないんだろうな」と、誰もがどこかで思っていた時代です。
【2026年】そして3度目。ついに「イエスの塔」と大屋根が完成した歴史的な姿へ
あれから歳月が流れ、今年2026年はガウディ没後100年という、歴史的なアニバーサリーイヤー。
報道やニュースで、サグラダ・ファミリアはついに全貌を覆う見事な屋根が完成し、中央の最も高い主塔「イエス・キリストの塔(高さ172.5m)」が外観完成を迎えたと知りました。
「あの、ただの工事現場だった場所が、ついに立派な『教会』になった」
あの細い工事用足場を歩いた日々から40年以上。
時代を超え、ついにガウディが夢見た「光が降り注ぐ石の森(聖堂内部)」を、この目で、屋根の下で見上げることができる。
私にとって今回の旅のメインイベントであり、これまでの人生の旅路の答え合わせのようでもあります。
当時の粗い写真のアルバムをめくりながら、あの若かった日々の記憶を抱いて、いざ、3度目のサグラダ・ファミリアのゲートをくぐります。
あの塔の先で、ガウディはどんな空を見せてくれるでしょうか。
Kita-no-Daichi Tokachi

サグラダ・ファミリア3度の変遷(1985→1990→2026)#shorts #サグラダファミリア
https://youtu.be/vefDppiT1PI

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